豊胸手術も現在ではメジャーな医療行為となり、ここ何年かで需要もだいぶ伸びているらしい。私が二十年くらい前に付き合っていたコロンビア人の女もすでに豊胸して人工的なおっぱいで全国をストリップ行脚していた。あれって、低反発枕のような触り具合であまり気持ちのいいものではない。ただ、見た目は「どうだっ」的な外観で、嫌いではない。ただ、自分の彼女には豊胸してもらいたくない、と云うのが雑感だ。現在付き合っている、またコロンビア人なのだが、彼女も豊胸手術をしたいとかつては云っていた。めぐり合うまでは日本とコロンビア間でスカイプを通じて一年ほど付き合っていたのだが、そのテレビモニターに映る彼女の団扇があって、暑い国なのでいつもその団扇で煽いでたんだけど、その紙切れ(団扇)が、美容整形科のパンフレットだった。豊胸手術をしようかどうか迷っていたらしい。がねこないだ初めて来日した彼女と出会ったのだが、やっぱり天然の方がいいな、と思った。

私の描く女(裸婦画)はなぜかほとんどが豊胸した女たちで、たぶん外観的に良かった二十数年の絵の例のかの女の影響・トラウマだろう。友人からも、全部豊胸だね、と指摘されたことがあった。

で、話しを本題に持っていくが、昨晩、弟子の雲國斎から三井綾子の乳が入れ乳だという指摘を受けた。私より年上で今年五十路になった雲國斎は「入れ乳」と「ヅラ」の鑑別だけは敏感になったと云って確信犯的注釈を画像に向かって入れていた。まあ、確かに云われてみれば、鎖骨の下から急に隆起している乳房は人工的かもしれない。しかし70年代に撮影したらしい画像に対しても入れ乳を主張する雲國斎の指摘にはすこし無理があるのではないかと思う。三日ほど前にアップした三井綾子の項目に二十代の頃のかの女のヌード写真が掲載してあるので、確認してもらいたい。ここで二、三画像を掲載する。

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小暮加奈子名義の一枚目は二十代だろう、二枚目、三枚目は二十代後半から三十代前半かと思われる。パッとみても私には入れ乳には見えない。乳輪は90点だが、そもそもこういうおっぱいを私は好きではない。頑なに腹部を隠している二枚目、三枚目の写真はダブついた贅肉を隠す必死の作業だろうるすでにこの時分から「熟女モノ」にシフトをチェンジし始めたのに相違ない。わたしは痩せておっぱいのちょっとあるタイプが好みなので、この三井綾子的なぽっちゃりは好みでないんだな。ま、かの女が「入れ乳」かどうかは雲國斎からのテーゼを待つことにしよう。